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「全件照会・全件登録」の理念

1972年(昭和47年)8月に、消費者金融業界初の個人信用情報機関である株式会社レンダースエクスチェンジ(LE)が大阪に誕生。続いて75年(昭和50年)4月に東京に株式会社ジャパンデータバンク(JDB)が設立され、その後各地に同じような信用情報機関が生まれていきました。全国信用情報センター連合会(全情連)の前身である全国信用情報交換所連絡協議会は、この時期各地に誕生していた10情報機関の横断的組織として76年(昭和51年)9月に発足したものです。現在でこそ、個人信用情報の照会はオンラインで瞬時に行うことができますが、初期の個人信用情報機関の業務運営は完全な人海戦術でした。お客さまの信用情報は、図書館の目録カードのような紙片に手書きされ、生年月日別に50音順でキャビネットにファイルされています。

会員業者から電話で情報照会が入ると、女性職員が該当者のカードを探し出し、内容を読み上げる。貸付けや返済の事実もそのつど電話で報告され、それを職員がカードに書き加えてファイルに戻すという仕組み。LEやJDBのような大規模機関になると、常時100名~200名もの職員が交代制で勤務にあたり、室内は電話の呼び出し音や、対応に走り回る職員の声と熱気で大変な喧騒状態にあったのを昨日のことのように思い出します。ただ、当初は個人信用情報の持ち方について統一ルールがなく、貸付けや返済に関する事実以外にも、与信の参考になるものであれば「人相悪し」とか「支払い態度悪し」、「メガネ」など、主観的な印象や身体的特徴などまで記入していました。

個人情報保護の意識が定着した現在からはとても考えられないことです。こうした状況に対して全情連は、非常に早い段階から情報の登録や保有の方法について基本ルールを導入しました。登録する内容は、個人の識別に必要な最小限の事実と契約内容や返済などの客観的な事実に限ること、情報機関の会員は融資の申込みに際して必ず信用情報を照会しその結果を漏らさず登録すること(全件照会・全件登録の原則)、情報機関の運営は出資者である株主や役員会ではなく利用者である会員業者から選出した幹事会があたることなど。これらは、多重債務発生の防止という社会的使命を自覚し、利益至上主義に陥ってはならないという全情連の基本姿勢そのものでもありました。